甲状腺の内科的疾患
① 橋本病
慢性甲状腺炎とも言います。明治45年に日本の橋本策(はかる)博士が報告したことで、この病名がつきました。
1-1 橋本病の原因
体の中で自分の甲状腺に対する抗体が作られ、それが甲状腺を攻撃して甲状腺に慢性的な炎症を起こします。抗サイログロブリン抗体(抗Tg抗体)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)というのがその抗体で、採血でいずれかが陽性であれば橋本病と診断されます。
1-2 臨床経過
甲状腺の炎症が進むとやがて甲状腺ホルモンが出にくくなり甲状腺機能低下症になる人もでてきます。ただ、この炎症は非常にゆっくり(10年単位)進むので、橋本病と診断された時点で甲状腺機能低が低下している人は意外に少なく、7〜8割の方は甲状腺機能が正常(まだ保たれている)と言われています。この中にはいずれ機能低下に陥る人もいれば、寿命まで正常を保つ人もいます。それくらい進行の遅い病気です。橋本病=甲状腺機能低下症と認識されがちですが、かならずしもそうではありません。
橋本病の治療は、低下に陥った時点で甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS®)の内服を始めることです。内服さえしていれば甲状腺機能は正常に保たれ、低下症の症状がでてくることはありません。
しかし機能低下に気づかないまま、長期間放置すると次に述べる諸症状がでてきます。さらに放置すると最終的に粘液水腫性昏睡という重篤な状態に陥り命を落とすこともあります。チラーヂンS®の長期中断は大変危険です。要介護者の場合は介護する側も気をつけましょう。
1-3 甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンは身体の代謝を調節するホルモンです。軽度の機能低下ではあまり症状は出ませんが、長期間に渡りホルモンの低下が続くと、疲労感、倦怠感、動作緩慢、むくみ、寒がり、皮膚乾燥、体重増加、便秘、記憶力 低下などの症状が出現します。
甲状腺機能が低下した女性は月経異常や不妊になりやすく、流産の原因にもなります。新生児の発達や先天異常にもかかわります。
なお、甲状腺機能が正常の妊婦さんでも、TSHが2.5mU/L以上(=甲状腺ホルモンがやや少なめ低め)の場合は流産しやすくなりますので、チラーヂンS®をすこし補充するようにします。特に甲状腺自己抗体が陽性の方の場合は処方するようにしています。
1-4 橋本病の急性増悪
橋本病はゆっくり進む病気ですが、ときに強い炎症が急に起こり、甲状腺ホルモンが一気に放出されて、甲状腺機能亢進症を呈することがあります。他の甲状腺炎やバセドウ病の合併などを鑑別する必要があります。一過性の機能亢進症のあと反動で機能低下症に陥ることもしばしばあります。
② バセドウ病
2-1 バセドウ病について
バセドウはドイツ人医師の名前です。英語圏ではアイルランド人医師グレーブスの名前をとってグレーブス病とも呼ばれます。
バセドウ病も自己免疫疾患です。体内で甲状腺を刺激する自己抗体(TSH受容体抗体:TRAbや甲状腺刺激抗体:TSAb)が作られ、それらが甲状腺を刺激して、ホルモンが過剰に分泌し、甲状腺機能亢進症(甲状腺中毒症)を引き起こします。
有名な眼球突出はバセドウ病の症状の一つですが、これは自自己抗体が甲状腺だけでなく眼の周囲の組織も攻撃するためで、甲状腺機能亢進症からからくるものではありません(→後述)
2-2 甲状腺機能亢進症
甲状腺ホルモンは身体の代謝を調節するホルモンです。甲状腺ホルモンが過剰に分泌されると、脈が速くなり、発汗や体重減少、倦怠感、手指の先が震えるなどの症状がでてきます。悪化すると熱が出たり、息切れなどの心不全症状が出てきます。骨代謝が進んで骨密度が低下する人もいます。
症状が軽いうちはバセドウ病と診断できず、精神の不調や不眠、仕事の能率低下からうつ病と誤診されているケースもあります。
バセドウ病でを放置すると、何かのきっかけで突然甲状腺クリーゼという危険な状態に陥り、命に関わることもあります。
2-3 甲状腺クリーゼ
十分な治療を行っていない甲状腺機能亢進症の方が、外傷や感染症など、強いストレスを受けたときに、突然発症する多臓器不全です。バセドウ病の治療開始直後にリスクが高いほか、不規則な内服、検査のための休薬などが誘因となって発症することがあります。CTで使うヨード系造影剤もきっかけになります。
臨床的には、血中甲状腺ホルモンの上昇に加えて、意識障害、38度以上の発熱、頻脈(1分間に130回以上)、下痢や嘔気などの消化器症状、黄疸、不整脈、心不全、肺水腫などです。
以前はクリーゼを起こしたときの致死率は10%と言われていました。現在は治療も進歩していますが、それでも大変危険な状態です。クリーゼを起こした場合は、クリニックでは対応できません。集中治療室のある病院への緊急入院が必要です。
甲状腺機能亢進症の治療では、適切な治療を受け、ホルモンの数値を安定した状態に保つことが何より大切です。
2-4 甲状腺中毒性周期性四肢麻痺
甲状腺機能亢進症の方で、暴飲暴食(特に炭水化物やアルコールの大量摂取後)や激しい運動をした翌朝などに手足が動かなくなることがあります。これは血液中の電解質、カリウムが急速に低下して生じるもので、アジア人男性に多いと言われています。
2-5 バセドウ病の治療
バセドウ病の治療は大きく3つあります。
- 薬物療法
- アイソトープ治療
- 手術
まずは薬剤で甲状腺ホルモンのコントロールを行い、数年かけて寛解をめざします。バセドウ病の多くは薬物療法で寛解に持ち込めますが、薬物に抵抗して寛解に持ち込めないケースや再燃を繰り返すケースでは、手術やアイソトープ治療を考慮します。
2-5-1 バセドウ病の薬物療法
抗甲状腺薬
甲状腺の活動を抑え、甲状腺ホルモンを正常化する中心的な薬剤ですが即効性はありません。数週間かけてすこしずつ効いてくるのを見越して投与します。甲状腺ホルモンが安定したら、少しずつ減量していき数年かけて寛解に持ち込みます。ときに白血球減少や肝機能障害、薬疹などの副作用で継続できない人がいます。
- 抗甲状腺薬チアマゾール(メルカゾール®)
- プロピルチオウラシル(プロパジール®、チウラジール®)
無機ヨード製剤
無機ヨードは甲状腺に取り込まれ、一時的に甲状腺機能を抑制します。上記、抗甲状腺薬は即効性がありません。当初は無機ヨードで抑え、抗甲状腺薬が効いてくるのを待ちます。
- ヨウ化カリウム丸 1錠/日〜3錠/日
- ルゴール液を用いることもあります
対症療法
頻脈に対してはβブロッカーを使います。当科ではビソプロロールフマル酸(メインテート®)のほか、カルベジロール(アーチスト®)やメトプロロール酒石酸(セロケン®)を処方することが多いです。
β1選択制の乏しいプロプラノロール(インデラル®)は禁忌ではありませんが推奨されません。喘息やCOPD例では、ベラパミル(ワソラン®)やジルチアゼム(ヘルベッサー®)を使用しますが、心不全の症例では使えません。
心房細動を起こしている症例では、ワーファリンや抗血小板薬(DOAC)を使って心房内に血栓がでたり、それが飛んで脳梗塞を起こするのを防ぎます。
ワーファリン、もしくは直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)
- リバーロキサバン(イグザレルト®)
- アピキサバン(エリキュース®)
- ダビガトラン(プラザキサ®)など
喫煙はバセドウ病を悪化させるので禁煙が必要です。
通常の薬物療法は、甲状腺ホルモンを正常に保ちつつ、時間をかけて抗甲状腺剤を少しずつ減量してゆき、最終的には離脱することをめざします。
ところが抗甲状腺剤を減量すると、バセドウ病が再燃したり、一進一退で治療が進まないことも多いのです。そういう難治症例では手術やアイソトープ治療を検討することになりますが、その前に抗甲状腺剤の増量を検討することもあります。
それは甲状腺ホルモンを正常に保つのではなく、TRAbが正常化するまで徹底して抗甲状腺剤を投与する方法です。すると甲状腺機能が低下してくるので、それをチラーヂンSで補うという考え方です。
通常の方法では寛解に持ち込めなかったバセドウ病でも寛解に持ち込めることがありますので、手術やアイソトープ治療を考える前に試すことがあります。
2-5-2 バセドウ病の手術
手術療法は根治性が高く、1週間ほどの入院で済み、術後の回復も早いため、お勧めできる治療法です。
以前は片側の上端を少し残す亜全摘術が主流でした。私が西宮市立中央病院で手術していた頃は約3gを残して切除していました。しかし残した甲状腺からバセドウ病が再発したり、せっかく残したのにホルモン分泌が不足して甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS®)を内服することになったりと、過不足のない切除が難しいため、最近では甲状腺を全摘する手術が主流となっています。
甲状腺を全摘すると甲状腺ホルモンが出なくなるので、チラーヂンS®を内服して正常値を保つようにします。一生内服する必要がありますが、総合的には不利益が少ないと考えられます。ただし高齢になって服薬管理が難しくなったときにどうするかという問題もあります。
2-5-3 アイソトープ治療
ヨウ素が甲状腺に集積する性質を利用した治療です。自然界に存在するヨウ素はヨード127、治療に使うのはヨード131という同位体(アイソトープ)で、甲状腺に取り込まれて放射線を出し、甲状腺を破壊します。放射性物質を用いるため扱いは厳重ですが、放射線は0.5mmほどの範囲しか飛ばないので、実際に健康への影響はないと考えられます。
放射性物質を扱うため、実施できる施設が限られており、そこに治療を依頼します。以前は入院してカプセルを内服し、その後3日ほど個室での隔離が必要でしたが、最近では安全を周知しながら外来で治療する方法も行われています。
治療効果を高めるため、治療前の一定期間ヨウ素を制限した食事にします。カプセルの内服は一度だけですが、その後数ヶ月かけて甲状腺が破壊され機能低下に転じます。その後はチラーヂンSの内服で甲状腺ホルモンを正常に保ちます。
なお、日常的に甲状腺のシンチ検査に使うアイソトープはヨード123とテクネシウム99です。
2-6 甲状腺眼症
バセドウ病は甲状腺に対する自己抗体ができてこれが甲状腺を刺激することで発症しますが、この抗体は、甲状腺だけでなく眼の周りの組織(眼球の奥の組織、筋肉、涙腺など)も攻撃し、種々の症状を生じます。眼瞼の後退、ドライアイ、眼球突出、ものが2重に見える(複視)などで、炎症が進むと視神経が圧迫されて視力そのものが障害されたり、繊維化が進んで組織が硬くなって治りにくくなりますので、早い段階での治療が勧められます。
眼症が疑われる場合は、MRI検査を含めて眼症の専門施設を紹介します。治療はステロイドが主体でしたが、2024年には甲状腺眼症の治療薬としてテプロツブマブ(テッペーザ®)という分子標的薬の点滴が登場しています。
バセドウ病→甲状腺機能亢進→甲状腺病眼症
と思っている人が多いのですが、甲状腺機能亢進から眼症が生じるのではありません。バセドウ病の抗体は、甲状腺と眼周囲組織の両方に作用し、甲状腺に作用すると甲状腺機能亢進症になり、眼の周囲組織に作用すると眼症になる、という認識です。
ですから、バセドウ病でも眼症を発症する人としない人がいます。甲状腺ホルモンの数値とも関係ありません。自己抗体陰性の人で起こることもあり、またバセドウ病でアイソトープ治療をしたあとに発生しやすいなど、解明されていない点も多々あります。環境では喫煙が悪化の要因とされています。
最近では、バセドウ病だけでなく、橋本病でも発症することがわかってきて、甲状腺眼症という呼び方が主流になりました。
その他の甲状腺疾患
③ 無痛性甲状腺炎
ストレスや薬剤などによって引き起こされる、一過性の甲状腺ホルモン上昇をさします。この中に橋本病の急性増悪も含まれるため、橋本のと症例が多くなるのですが、橋本病でない無痛性甲状腺炎も存在します。ただし世の中には自己抗体陰性の橋本病というのもあり、話が難しくなっています。
バセドウと鑑別するためTRAbやTSAbの陰性を確認したら基本は経過観察です。頻脈が高度の場合は一時的にβブロッカーを処方します。2〜3ヶ月で機能亢進症は治まりますが、その後反動で低下に陥ることもあります。その場合はチラーヂンSを処方します。その後の経過で橋本病と診断されるケースもああります。
④ 亜急性甲状腺炎
発熱とともに甲状腺の一部が腫れて強い痛みを生じ、甲状腺ホルモンが一気に放出されて、甲状腺機能亢進症を呈します。全身倦怠感、頻脈、発汗、体重減少などの症状がみられ、CRP(炎症反応)が高値を示し、超音波では炎症部位に輝度の低い(黒っぽい)陰影を認めるなど診断は容易です。白血球はあまり増加しませんが、増加している人もいます。
甲状腺の風邪と言われますが、原因はウィルスで、特定の体質が関わっていると考えられています。(白血球の表面抗原が特定の人に多い)
細菌感染ではないので抗生物質は使用せず、ロキソニンやカロナールの解熱鎮静剤を投与します。症状が強い人はステロイドを投与し、時間をかけて漸減します。頻脈にはβブロッカーを使うこともあります。
なお、ステロイドは時間をかけて少しずつ減らしてから離脱する必要があります。自己判断で中止せず、必ず医師の指示を守って下さい。
2〜3ヶ月で機能亢進症は治まりますが、その後反動で低下に陥ることもあります。その場合はチラーヂンSを処方します。
⑤ 潜在性甲状腺機能低下症
血中の甲状腺ホルモンが正常なのにTSH値が高いケースを指します。機能低下に陥っていく前段階と考えられます。原因の多くは橋本病ですが、ヨードの過剰摂取でも起こりえます。。
⑥ 潜在性甲状腺機能亢進症
血中の甲状腺ホルモンが正常なのにTSH値が低いケースを指します。多くは無症状で、機能亢進症になる前段階かと考えます。原因として、不顕性のバセドウ病や機能性甲状腺結節、甲状腺ホルモン製剤の過剰投与などが考えられます。TSHが0.1mU/Lの場合は、心不全や心房細動、骨粗鬆症による骨折リスク、認知症のリスクなどが増加するとされ、治療を検討します。