§7 乳癌について
目次
1 乳癌の罹患数と死亡数
2 乳癌の罹患率・年齢層
3 乳癌の原因
4 乳癌の危険因子
5 乳房の構造
6 非浸潤癌と浸潤癌
7 脈管侵襲と遠隔転移
8 非浸潤癌の呼び方
9 乳癌の病期と病期別生存率
10 遠隔転移を防ぐことが大切
微小転移が遠隔転移のもと
早期発見と薬物療法が大切
11 乳癌の分類
病理分類・炎症性乳癌・潜在性乳癌
12 遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)
1 乳癌の罹患数と死亡数
乳癌は女性がかかる癌の中では一番多い癌であり、さらに増加しています。
2021年の部位別がん罹患数
1位 乳癌 98782人
2位 大腸癌 68314人
3位 肺癌 41782人
4位 胃癌 36053人
5位 子宮癌 30111人
2021年の部位別がん死亡数では
1位 大腸癌 24338人
2位 肺癌 22934人
3位 膵癌 19245人
4位 乳癌 14803人
5位 胃癌 14428人
乳癌自体が増えていることと、胃癌の減少により胃癌で亡くなる人が減ったことで乳癌の死亡数は4位に上がりました。しかし、乳癌は罹患数と死亡数の開きが大きい癌であり、治る人が多い癌だと言えます。
2 乳癌の罹患率と年齢層
日本における乳癌の罹患率は年々増加しており、2020年の統計では、生涯のうちに乳癌にかかる人は9 人に1人とされています。20年ほど前は20人に1人だったのですが、今やその倍以上になっています。

顕著なのは年齢層の変化です。2000年には、40代にピークがあり、50歳以降減少するパターンでした。それが2018年には閉経後の乳癌を中心に罹患率が増加し、ピークが60〜70代に変わっています。

2000年と2018年の違いに注目してください。この18年間で大きく変化しています。上から二つ目のグラフが、2000年当時の日本の年齢分布ですが、このとき欧米は、すでに一番上のグラフのようになっていました。当時は欧米と日本の乳癌の違いなどと言われておりましたが、違いではなく変遷の過程に過ぎなかったのです。
3 乳癌の原因
乳癌に限らずほとんどの癌は原因がわかっていません。生物は細胞分裂を繰り返して生命を維持していますが、このときにいろいろな要因が重なって異常な細胞が生まれます。その多くは増殖できずに死滅するか、免疫によって破壊されますが、偶然生き残った細胞が増殖し、何年もかかってしこりになるのです。
一個の癌細胞が生まれれから1センチの乳癌になるまで10年近くかかると言われています。ただ、そこからは倍々で増大しますので、あっという間に2センチになり、4センチになってしまいます。
4 乳癌の危険因子
原因はよくわかっていませんが、疫学的にこういう人がなりやすいという因子はいくつかあります。乳腺は女性ホルモンの影響を受ける組織であり、乳癌の発生にも女性ホルモンが関わっていると考えられています。
- 初経が早い
- 閉経が遅い
- 妊娠出産歴がない
- 初産年齢が遅い
- 閉経後の肥満
- 糖尿病
- 喫煙
- 過度の飲酒
- 血縁者に乳癌の家族歴がある
- 乳癌の既往
ストレスや個人の性格については結論がでていませんが、あまり関係がないとみられています。しかしこれらの因子だけでは先にのべた急激な変化を説明できません。もっとほかに因子があるはずですが、今のところはっきりわかっているものはありません。
5 乳房の構造
乳癌の発生と初期の病態を理解するために解剖について解説しておきます。乳腺は母乳を作る組織です。乳腺は乳頭から放射状に広がる線葉という組織が20個ほど集まってできており、乳頭には20個ほどの乳管が開口しています。乳管は腺葉の中で枝分かれして、終末乳管(terminal duct)となり、多数の小葉(lobule )に連なります。
小葉は、腺房という母乳を作る組織の集まりで、腺房に連なる細乳管(ductule)も含まれています。小葉と小葉外の終末乳管を合わせて、終末乳管小葉単位(TDLU, terminal duct lobular unit)といいます。乳癌はこのTDLUの中から生まれてくると言われています。

TDLUの中には乳管と腺房細胞があり、乳管から生じる癌を乳管癌、腺房から生じる癌を小葉癌といいます。乳癌の9割以上は乳管癌です。乳管癌と小葉癌の性格の違いは医学的に興味深く、古くから研究の対象になっていますが、治療面での大きな違いはありません。
6 非浸潤癌と浸潤癌
乳癌は最初、乳管の中に発生します。そしてある段階までは乳管内で増殖しながら乳管内にとどまっています。この段階の乳癌を非浸潤癌といい、病期は0となります。非浸潤癌は乳管に閉じ込められており転移することができません。よって命の危険もありません。
非浸潤癌は触れないものと思っている人がいますが、そうではありません。非浸潤癌でも一箇所に密集すると硬いしこりになることがあります。ときに、4〜5センチの盤状のしこりが突然出現し、手術してみたら全部非浸潤癌だったというケースがあります。この場合は臨床的腫瘍径は5cmでも、病理学的腫瘍径は0cmになります。
非浸潤癌も時間が経つと、いずれ乳管を破って乳管の外(間質といいます)に広がっていきます。間質に浸潤した乳癌を浸潤癌といい、ここからが病期Ⅰになります。

7 脈管侵襲と遠隔転移
浸潤癌は時間とともに大きくなり、病期Ⅰ→Ⅱ→Ⅲと進行していきます。間質には静脈やリンパ管があり、やがてこれらの脈管が腫瘍に巻き込まれて、その中に癌細胞が侵入するようになります。これを脈管侵襲といいます。
癌を放置すると脈管侵襲を生じて、そこから全身に癌細胞が散り始めます。散った癌細胞はいろいろな臓器に到達してそこで増殖を始めます。これを微小転移といいます。微小転移は最初は小さな細胞塊であり、画像検査では検出できません。それが遠隔転移となって画像で捉えられるようになるまで数年以上を要します。
手術で原発巣を切除したのに、何年も経ってから遠隔転移を生じるのはこのためです、乳癌が見つかって手術をする時点ですでに微小転移を生じていたということになります。
このリスクは、病期Ⅰ→Ⅱ→Ⅲと進むにつれ大きくなります。病期1のリスクは小さいものです。早期発見が必要なのはこのためです。リスクが小さいうちに治療をして隔転移を防ぐことが大切です。
また術後の薬物療法は、微小転移をやっつけて、遠隔転移を防ぐのが目的です。治るためには早期発見と全身治療の二つが重要なのです。
なお、間質には血管とリンパ管があります。癌細胞はどちらの脈管も侵す可能性があります。癌細胞がリンパ管に入り込んだ場合は、腋窩のリンパ節でトラップされて全身に広がるのを防げますが(リンパ行性転移)、静脈に入り込んだ場合はリンパ節を介さず、直接遠隔臓器に転移します(血行性転移)。リンパ節転移を経由して遠隔転移を起こす訳ではありません。
8 非浸潤癌の呼び方
非浸潤性乳管癌=乳管内癌=上皮内癌=DCIS
非浸潤性小葉癌=LCIS
いずれも病期0
乳管内は外部と繋がっており、体外と見なすこともできます。そう考えると非浸潤癌は体の外にある癌で、体内に侵入する前の段階とも言えます。乳管を破って間質で増殖を始めると体内に入ってきたことになります。これが浸潤癌です。
この考えは、消化器の癌も、呼吸器の癌も、皮膚の癌もすべてにあてはまります。消化管の中や肺胞の中は体外です。癌は体外に生じ、基底膜を破って体内に浸潤し、それから転移のリスクがでてくるのです。癌を上皮性腫瘍と呼ぶのはこのためです。
非浸潤癌は、乳管内癌や上皮内癌と呼ばれることもあります。英語でDCIS(ductal carcinoma in situ)と表記することもあります。稀ですが小葉癌で非浸潤性のものが見つかることもあり、その場合はLCIS(lobular carcinoma in situ)といいます。これも病期0です。
9 乳癌の病期と病期別生存率
乳癌の病期(ステージ、進行度)は、腫瘍の大きさ(T)とリンパ節転移の程度(N)、遠隔転移の有無(M)で示されます。腫瘍の大きさが2cm以下でリンパ節転移、遠隔転移がない場合は病期Ⅰとなります。
ここで言う腫瘍の大きさとは浸潤癌の部分の大きさを指し、必ずしも実測される腫瘍全体の大きさを指すものではありません。実測される腫瘍径より大きい場合も小さい場合もあります。

乳癌のステージ別生存率を示します。乳癌はほかの癌に比べて再発するまでの時間が長く再発後の経過も長いため、最低10年は経過観察が必要です。そのため10年生存率がよく用いられます。

生存率には、乳癌以外の死因を含めた実測生存率とほかの要因を除いた純生存率(ネットサバイバル)があります。このグラフは純生存率です。
病期別に表示されていますが、これはスタート時点の病期(この資料では2012年)です。ステージI〜Ⅲの人は手術後の成績です。ステージⅣの人は、スタート時点ですでに転移しているため、基本的に手術をせず、薬物療法主体での成績となっています。
これからみても、乳癌が早期発見で良く治る癌だとわかります。早期発見に務めることが大切です。
10 遠隔転移を防ぐことが大切
微小転移が遠隔転移のもと
先に述べましたが、癌を放置すると脈管侵襲を生じ、そこから癌細胞が散り始め、離れた臓器に微小転移を生じます。この微小転移が将来の遠隔転移のもとになります。早期癌で手術を受ける人の大半は微小転移を生じていないので、手術を受けてそのまま治っていくのですが、微小転移のある人は、そのままだといずれ遠隔転移を生じることになります。しかも誰が微小転移を持っているか、現在の医学では分別することもできません。そこが癌治療の難しいところです。
早期発見と全身治療が大切
遠隔転移リスクを減らすにはどうすればいいでしょう。ひとつはできるだけ早期に発見することです。非浸潤癌(=病期0)のうちに発見して治療すれば遠隔転移リスクはゼロなのですが、定期的に検診を受けていてもそううまくいくとは限りません。かといって検診の間隔を詰めても、検診の精度自体に限界がありますので解決にはなりません、むしろ全体として非効率になると思います。ステージ1のなるべく早い段階で見つけることを目標にしましょう。精度の高い施設で検診を受けることも大切です。
もうひとつは手術の前後に行う、全身の薬物療法です。遠隔転移を生じてから薬物療法を開始しても、寛解に至る人はかなり少ないのですが、手術前後に薬物療法を行うと、将来遠隔転移を起こす人の割合が減るのです。つまり微小転移の段階で薬物治療を行えば、治る可能性があるということです。手術の前後にホルモン剤や抗がん剤で全身の治療をするのはそのためです。
ただし現在の医学では微小転移を検出することはできません。微小転移のある人だけを分別して治療できれば理想的ですが、それができないので、癌のタイプや、ステージによって、リスクを見積もり、治療を決めているのです。
なお、ここまでの説明でお分かりと思いますが、遠隔転移リスク=微小転移の有無、はおおよそ手術の前に決まっていますので、手術の方法(温存手術か乳房切除か)では変わりません。
ネット上の一般の方の投稿で、乳房切除にすれば遠隔転移リスクが減るよとか、抗癌剤治療をしなくて済むよ、みたいな投稿を見かけますが、それは誤りです。むしろ薬物療法がリスクを下げる大切な手段なのです。
11 乳癌の分類
乳癌には多くの種類があり、取り扱い規約には細かく分類されています。しかし治療をしていく上で、種類が問題になることはほとんどありません。治療上重要な因子は§8で述べる、サブタイプ(性格による分類)、ステージ(病期)、それに遺伝子検査から得られる情報です。
ということで、分類の記載をどうするかですが、昨年(2025年)に乳癌取り扱い規約の19版が出版され、分類が大幅に変わりましたので、忘備録として記しておきます。
①微小浸潤癌
浸潤径が1mm以下の浸潤癌
②浸潤性乳管癌(乳癌全体約9割)
以前は硬癌、乳頭腺管癌、充実腺管癌の3つに分けていましたが、2025年の改訂で区別はなくなりました。
③特殊型(全体の約1割)
浸潤性小葉癌、管状癌、篩状癌、粘液癌、浸潤性充実乳頭癌、浸潤性乳頭癌、浸潤性微小乳頭癌、アポクリン癌、化生癌(亜分類あり)、腺様嚢胞眼、分泌癌、その他
なお、特殊型の中の粘液癌、管状癌、腺様嚢胞癌につきましては、悪性度が比較的低いため、化学療法の適用については慎重になるようガイドラインに記載されています。種類が治療方針に関わるのは、この項目くらいです。
炎症性乳癌と潜在性乳癌
病理学的な分類ではありませんが、特殊な進展形式の乳癌として炎症性乳癌と潜在性乳癌があり、ここで説明しておきます。
炎症性乳癌
稀な病態ですが、炎症性乳癌といって、炎症のように皮膚が赤くなる乳癌があります。この場合は見た目の割に痛みや熱などの症状に乏しく、しこりがないものもあります。気になるときは乳腺外来で検査を受けましょう。
潜在性乳癌
乳房に明らかな異常がないのに、腋窩リンパ節の転移や遠隔転移から発見される乳癌があり、これを潜在性乳癌(occult breast cancer)と呼びます。
潜在性乳癌のうち、腋窩リンパ節の腫れから発見されるものはそれほど珍しくありません。手術と薬物療法を行うのは通常の乳癌と同じです。
手術の際、腋窩リンパ節郭清は必須ですが、乳房をどう扱うかが問題になります。20年ほど前までは乳房切除して、隅々まで原発巣を検索するのが標準的でしたが、乳房造影MRIの進歩により、原発巣を同定できるケースが増え、部分切除+放射線治療を選択することが増えています。MRIで原発巣が同定できないケースでは、無理に乳房切除を行わず、非切除で放射線治療だけ行なって経過観察とすることもあります。
遠隔転移から見つかる潜在性乳癌は、かなり稀で、私自身経験がないのですが、発見時に病期Ⅳということになりますので、仮に乳腺造影MRIで原発巣が同定できても手術は行わず、薬物療法から始めることになります。
12 遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)
HBOCとは
癌は遺伝と思われる方が多いのですが、乳癌の中で遺伝が関わっているのは10%もありません。90%以上の方は遺伝とは関係ない単独の発症です。
遺伝と関わる乳癌の中で、頻度の高いのは、家族性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)です。米国の俳優アンジェリーナ・ジョリーさんの件で有名になった、BRCA遺伝子変異というものです。
実はBRCA遺伝子にはBRCA1とBRCA2の二つがあって、それぞれプロフィールが違うのですが、このいずれかに変異がある人は乳癌と卵巣癌を高率に発症し、その遺伝子の変異は50%の確率で子供に受け継がれていく、というものです。
この遺伝子変異を調べるのが、BRCA1/2遺伝子検査(BRCAnalysis®)で、採血した検体を米国に送って調べてもらいます。
以前は保険適応がなく、自費で20万円ほどかかっていましたが、2020年からはこの検査に保険が使えるようになりました。といっても対象になるのは乳癌患者全員ではなく、HBOCの可能性がある人に限られます。
下記に該当する方は保険で検査ができますので希望する方は主治医にご相談くさだい。(費用は3割負担の方で7万円弱)
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乳がんを発症しており、
以下のいずれかに当てはまる方
・45歳以下で乳癌を発症
・60歳以下でトリプルネガティブ乳癌発症
・2個以上の原発性乳癌発症
・第3度近親者内に乳癌、卵巣癌
または膵癌発症者がいる
・男性乳癌を発症
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Myriad genetics社のホームページ
https://myriadgenetics.jp/general/
結果を知るのは怖いですし、血縁者にも不安を与えます。社会的な不利益を受ける可能性もあります。しかし何よりも自身の健康を守り、お子様にリスクがないか確認し、お子様の健康を守ることにもなりますので、検査を受けることをお勧めしています。
検査を受けて遺伝子変異が確認された場合
血縁者も遺伝子検査を受けることができますが、当院での検査は、保険適応上、乳癌患者でなければ実施できません。HBOCの基幹病院を紹介致しますので、そちらで検査を受けてください
①乳がん・卵巣がんの定期検診
(サーベイランス)
②予防的手術(リスク低減手術)
・乳房切除術(予防的乳房切除)
・卵管、卵巣摘出術(予防的卵管卵巣摘出)
当院からHBOC総合診療基幹施設に紹介させて頂きますので,該当する方はご相談下さい.HBOCの特徴や遺伝子検査について説明させていただきます。